大判例

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東京高等裁判所 昭和29年(う)1208号 判決

被告人 真野正一

〔抄 録〕

(二) 自動車運転者の注意義務の範囲に関する主張について。

論旨は、原審が被告人に対し、判示十字路に入るに先立ち前記左寄り徐行の義務及び合図の義務の外に、後方より近接して来る車馬の有無に注意し接触衝突の危険なきことを確めた上左折せねばならぬ業務上の注意義務を課したこと、並びにこれらの義務は土地不案内の故をもつて免除されるものではなく、若し被告人において土地不案内ならば予めよく道路を調査した上適法な運行をしなければならなかつたのに、その措置に出なかつたところに不注意があり過失があると認めた点を論難するにある。

按ずるに、後方より近接して来る車馬に対する注意義務及び土地不案内の場合の事前調査義務のごときは、まさに所論のとおり法令に明示されてはいないが、法令は単に普通危険発生の虞ある行為を取締の対象とするに過ぎないのであるから、自動車運転者のごとく特殊の危険業務に従事する者は、その業務の性質上単に法令の定める基準に従つて運転すれば足れりとするものではなく、その業務遂行にあたりいやしくも他人の生命身体に危害を及ぼす虞のある行為は、法令の明文の有無にかかわらず、これを回避し、具体的事情に応じ、危険の発生を未然に防止すべく臨機の措置を採るべき注意義務を課せられているものといわなければならない。

本件のごとき場合において、被告人が判示十字路を左折しようとする際後方から被告人の自動車に近接し、その左側を追い抜いて直進しようとする車馬のあることは、交通常識上一般に予想されるところであるから、若し後走車に留意せず、漫然左折しようとすれば、後走車との接触衝突の危険が免がれ難いことは当然の事由であるといわなければならない。かかる事故の発生を未然に防止するには、原判示のごとく後走車に対する注意を払いながら操車する措置を講ずべきであり、このことは又一般に自動車運転者に対し期待し得ないことではないのであるから、原審が被告人に対し、後方より近接して来る車馬に対する任意の義務を課したのは、正当である。

しこうして自動車の運転は、自動車運転者本人の責任に属するのであるから、運転者自から土地不案内な場合においては、単に助手任せにすることなく、運転者自身で事前調査等できる限りの相当手段を尽し、その調査事項の正確にして且つ危険の虞がないかどうかを判断確認した上で通過すべき義務があり、土地不案内の故をもつてその責を免がれ得ないものと解すべく被告人に対しかかる事前調査義務を課した原審の判断はこれ又正当である。

そこで被告人がその業務上必要なこれらの注意を怠つて漫然自動車を操縦し原判示十字路を左折しようとしたことは原判決認定のとおり明白なところであるから、被告人には業務上の過失があつたものと断ぜざるを得ないのである。論旨は理由がない。

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